手塚貴晴さんという建築家がいる。一種の天才なのだと思うのだが、5年ほど前、TVで見た光景が忘れられない。部下の設計者が徹夜で作ってきた建築模型を一目見るなり「これはゴミだね」と言って、ガシャリと壊してしまったのだ。
モノには価値があるモノとないモノがある
・「頑張ったか」は価値があるかどうかとは無関係
・価値がないと判断したときは、それをオブラートに包んで伝えるべきではない
・価値があるかどうかは、作った本人には判断出来ないことがある
・作ったモノがゴミなだけで、作った人のことまではゴミと言っていない
・「ゴミだね」に傷ついていたら、クリエイティブな仕事はできない
そして、「ゴミだね」への反論は、ゴミではないモノを作ることしか許されないこと。「ゴミだね」を恐れて指示を待っていると、永遠にゴミしか作れない。
・価値があると信じて自分の頭で考えたモノを作る。
・そして「ゴミだね」と言われる。
・そこでイチイチ立ち止まらずに、また自分の頭で考えて作る。
この繰り返しでしか、プロフェッショナルになれない。
傷ついたことを「ゴミだね」と言った人のせいにしているうちは、決してプロフェッショナルにはなれない。
やるのをあきらめる――ではなく「しなくてもいい仕組み」を考える
ただし、「やらないことを決める」というのは「単純にあきらめる」のとは同義ではない。「やらないことを決める」というのは、「やらなくてもいいように、別のことでカバーする」という意味である。
好奇心が旺盛
「頭のいい人」は、いろいろなことを知りたがりますし、知らない場所に行くことを厭いません。
人の話をちゃんと聞いて、適切な質問ができる
「頭のいい人」は、人の話を聞きます。なぜなら、その方が自分にとってプラスになると知っているからです。
流行に敏感だが、流されない
「頭のいい人」は、常にアンテナを貼っており、流行をチェックしています。
人や環境のせいにしない
「頭のいい人」は、何か困難や失敗があっても人や環境のせいにせず、自分が改善できる点を探します。
現状不満足
「頭のいい人」は、『これで100%満足!』になることが決してありません。いくら成功したプレゼンやプロジェクトであっても、「あの時はもっとこうできた」「次はこうすればもっと上手くいくはず」と考えます。
手塚貴晴さんという建築家がいる。一種の天才なのだと思うのだが、5年ほど前、TVで見た光景が忘れられない。
部下の設計者が徹夜で作ってきた建築模型を一目見るなり「これはゴミだね」と言って、ガシャリと壊してしまったのだ。
僕はそのころ駆け出しコンサルタントになったばかりで、部下の人の痛みがよく分かった。
それと同時に、本当にたくさんのことも学んだ。
・モノには価値があるモノとないモノがある
・「頑張ったか」は価値があるかどうかとは無関係
・価値がないと判断したときは、それをオブラートに包んで伝えるべきではない
・価値があるかどうかは、作った本人には判断出来ないことがある
・作ったモノがゴミなだけで、作った人のことまではゴミと言っていない
・「ゴミだね」に傷ついていたら、クリエイティブな仕事はできない
そして、「ゴミだね」への反論は、ゴミではないモノを作ることしか許されないこと。
もう一つ大事なこと。
「ゴミだね」を恐れて指示を待っていると、永遠にゴミしか作れない。
・価値があると信じて自分の頭で考えたモノを作る。
・そして「ゴミだね」と言われる。
・そこでイチイチ立ち止まらずに、また自分の頭で考えて作る。
この繰り返しでしか、プロフェッショナルになれない。
傷ついたことを「ゴミだね」と言った人のせいにしているうちは、決してプロフェッショナルにはなれない。
77歳の建具屋さんから今日聞いた言葉が忘れられない。「体だけで働くやつは労働者っていうんだ。頭と体で働くやつが技術者。頭と体と心で働く人は芸術家っていうんだ。本物の職人は芸術家じゃなきゃいけない」
(via CHEMEX Coffee Brewers & Parts)
床屋の雑誌で見つけた、ケメックスのコーヒードリッパー。理科室にあるフラスコみたいだけど、上部にフィルターと豆をセットして、湯を注ぐと下にコーヒーがおちる。上部に注ぎ口があるのがミソで、そのままカップに注げる優れもの。
ケメックスはマサチューセッツにある小さな工場で、従業員10人程の家族経営。職人のおじさんが色合いを見ながら2つに割れた木のパーツを組み合わせて革ひもで結んでいました。現在バックオーダーを抱えているようですが、規模を狙わず淡々と手作業で作りづける姿がステキです。